インドネシア語の話

インドネシア語の話 (眞鍋松郎)

 

私達は外国語と云えば英語、フランス語、ドイツ語等の欧米の言語を思い浮かべます。日本語と違う言語構造にもまずこれら欧米の言語から慣れて来ました。どのような言語にもその背後には其々の言語の裏地となる特有の文化があります。そのような文化の違いから来る固有の「言語の思考回路」を知ることはとても興味深いものです。インドネシア語は欧米の言語に比較して文法や言語構造はシンプルですが、他の言語と違う特有の思考回路を持っています。どんなところが違うのか、ここではインドネシア語の面白い*特徴についてお話ししたいと思います。(*この「面白い」は、funnyではなく、interestingの意味です。)

1.インドネシア語の発音

インドネシア語は英語と同様にABC…のアルファベットを使います。基本的に書いてあるとおり読めば9割は正しい発音になりますが、多少の例外やインドネシア語特有の発音の仕方があります。一番特徴的なのは、CとEの発音です。Cの発音は、英語ではcatのようにKの発音になりますが、インドネシア語のCは、CHの発音になります。従って、ca  ci   cu   ce   coは、チャ、チ、チュ、チェ、チョになります。

(例) cinta(チンタ=愛) coba(チョバ=try)  cari(チャリ=探す) cuci(チュチ=洗う)

Eの発音は、やっかいで①弱いウと②本来のエの発音の「二種類」があります。大体9割のEは、①の「弱いウ」です。(普通の「U」ウは、口を丸めて突き出す感じですが、「弱いウは、イーと言う時のように口角を横に伸ばして軽くウと言う」発音です。)本来のエの発音は例外的にしか出てこないので最初はウなのかエなのか迷いますが、慣れてくると自然に使い分けができるようになります。

(例) terima(トゥリマ=receive)  kemarin(クマリン=昨日)  emas(エマス=gold)

CとEが注意すべき母音ですが、子音にも注意すべきものがあります。特にHです。Hが単語の頭に来た場合、「無音」になります。hutan(森)は、そのまま読むと「フータン」ですが、正しい発音は「ウータン」です。hitam(黒色)は、ヒタムではなく、イタムです。ほとんど単語の頭のHは、発音されませんが、例外もあってhukum(法律)は、書いてあるとおり「フクム」と発音します。例外は少ないので「単語の頭のHは発音しない。」と言うのが基本で例外(数は少ない)はその都度覚えるしかありません。

一方、単語の中間に来たHは、キチンとHの発音をします。単語の最後にHが来たらHの前の音を伸ばします。

(例) pohon(ポホン=木)  mahal(マハール=expensive) 
   sudah(スダー=既に)  merah(メラー=赤色)

他に単語の最後についたp  t   k   gの発音は注意が必要です。

(例) tutup(トゥトゥッ’=閉める)  angkat(アンカッ’=上げる) 
   tidak(ティダッ’=not)    orang(オラン’=人 : オラングではない)

単語の最後のp  t   k gは、ハッキリと「プ、ト、ク、 グ」と発音するのでなく音を飲み込むような感じになります。

 

2.「私達」一人称複数

英語で「私達」は、weです。英語でも独語でも「私達」は一種類しかありませんが、インドネシア語では「私達」に、kamiとkitaの「二種類」があります。インドネシア語は、シンプルな言語ですが、「私達」と言う時にkamiとkitaの二種類から厳密に区別して選ぶ必要があると言うのが面白いところです。それではどのように区別するのでしょうか。コミュニケーションには「話し手」と「聞き手」がいますが、kamiは、「聞き手」を含まない時の「私達」です。一方、「聞き手」も含めたときには、kitaを使います。インドネシア人に対して「私達日本人は」と言う時には相手を含まないのでkamiを、「私達は一緒に行きましょう。」と言う時にはkitaを使います。どうしてこのような思考回路が生まれたのかインドネシア語の不思議です。

 

3.「彼、彼女」三人称単数

「私達」と言う時には「二種類」の使い分けをしました。英語でも彼、彼女は、heとsheで二種類あります。男女の別です。「私達」では二種類の使い分けをしたのですが、インドネシア語の三人称単数では、驚くことに「一種類」しかありません。男女の区別をせず、彼も彼女も「dia」のひとつの単語を使います。機械翻訳で翻訳させるとインドネシア語で「dia」とあるところは彼なのか彼女なのか区別ができず、女性の話でも彼で翻訳されます。インドネシア人と話をしていて「dia」と出て来てもそれが女性のことか男性のことか確認しないと分かりません。彼も彼女も「dia」ひとつなのは、男女平等なのか言語の欠陥なのか、インドネシア社会の歴史のどこかに起源があるのかも知れません。

4.「あなた」二人称単数

英語では、youだけですが、独語ではSieと親しい間柄のDuの二種類あります。日本語では、「あなた、おまえ、君、貴様、汝、お宅、テメェー等々」沢山の二人称単数があります。インドネシア語も日本語と同じように沢山の言い方があり迷います。使い方は、上下関係や尊敬の度合い等両者の人間関係が物差しになります。インドネシア語の「あなた」に該当するいくつかの単語を見てみましょう。

Anda  これは無味無臭の「あなた」です。上下関係も尊敬や軽蔑の意味も含まず中性的な「あなた」です。性別や年齢、親密度に関係なく使えます。知らない人に対して無難にこなしたい時にはAndaですが多少かしこまった感じもします。通常CM等で「あなたの健康のために」とか言う時にはこのAndaが使われます。

kamu  意味的には、「おまえ、君」のような親しい間柄で使う単語です。友達同士なら問題ありませんが、初対面の相手にkamuと言うと明らかに上から目線になります。自分より年下の人には使えても年長者に対しては使いません。もし、強い語調で言うと「貴様とかテメェー」と言う意味合いが強くなるので使う相手やどのような語調で言うかには注意が必要です。

engkau  これは日常会話ではあまり使いませんが歌詞や詩で「あなた」と言う時に使います。「愛している」相手に対して使う「あなた」です。甘いニュアンスを含んでいます。恋人や家族間など特別親密な間柄で使います。もし、知らない人にこれを使うとドン引きされるかも知れません。

この他にも年長者に対してBapak(父)、Ibu(母)を本来の意味を離れて二人称(you)として使いますが「~さん」の意味もありBapak Ali(アリさん)、Ibu Pamela(パメラさん)としても使います。若い男性に対してはMasをyouの意味であるいはMas Aliという使い方もします。レストランで店員さんを「お兄さん」と日本で呼ぶようにMasを若い店員さんを呼ぶ時にも使えます。

インドネシア語で「あなた」と言いたい時にはどの単語を使えば良いのか迷いますが、一番の解決策は、相手の名前を「あなた(you)」の代わりに使うことです。

5.Be動詞

インドネシア語は、面白い言語です。中でも日常会話でbe動詞を使う必要がないと言うのは他の言語と違います。英語のbe動詞に該当する単語はadaと言うものがありますが、これは「ある、いる、存在する」と言うことを特に「強調したい」時にしか使いません。通常be動詞は、使わないので例えば「私は山田です。」と言うのは Saya Yamada.と単語を2つ並べるだけです。例えば「私は(山下じゃなくて)山田だよ。」と強調したいときには、Saya adalah Yamada.とbe動詞を使います。adalahと言うのは、adaを強調するために-lahをつけたものです。この場合adalahは、強い語調で言います。このように特に強調したい場合以外、be動詞を使う必要はありません。例えば「これは本です。」と言うのはIni buku.(文字通りだと「これ 本。」:bukuは英語のbookから)だけで正しいセンテンスになっています。英語で言えば”This book.”だけで正確な文章(“This is a book.”)になる言語も不思議なものです。

6.形容詞は名詞の後ろに

英語で「赤い花」は、a red flowerです。英語で形容詞は名詞の前につきますがインドネシア語では、bunga(花) merah(赤い)と形容詞が名詞の後ろにつきます。慣れないうちは戸惑いますが、使っていればすぐに慣れてきます。例えば「ジャカルタ首都特別区」は、Daerah Khusus Ibu Kota Jakartaとなります。Daerah(地区) Khusus(特別) Ibu(母) Kota(町) Jakarta(ジャカルタ)で完全に日本語と順序が逆になっています。ibu kotaは、「町の母」で「首都」の意味です。日本語にもなっているorang hutan(オラン ウータン)は、orang(人) hutan(森)で「森の人」と言う意味です。Ini buku.は「これは本です。」と言うセンテンスでしたが、buku ini.と逆にすると「この本」と言う意味になります。

7.インドネシア人の名前

Sukarno(スカルノ大統領)やSuharto(スハルト大統領)の名前は日本でも馴染みのある名前ですが、ジャワ人には個人名を重視する文化がありファミリーネームがありません。Sukarnoだけで正式なフルネームになります。Megawati Sukarnoputri(メガワティ大統領)では2つの単語でした。Megawati Sukarnoputriも2つで彼女自身の個人名で「Sukarnoputri(スカルノの娘)のMegawati」と言うことです。Sukarnoputriは、ファミリーネームではありません。しかし、スマトラ島やバリ島等他の地域出身者にはファミリーネームを持つ人々もいます。

インドネシアは、世界最大の島嶼国家で約17,500の島々から構成されていて、多数の民族、言語、文化が共存する多民族国家です。主要な民族は、ジャワ人(約40%)、スンダ人(約15%)、マレー人(約3.5%)、アチェ人(約2%)、バリ人(約1.5%)等がいます。各民族は、方言ではなく独立した言語を持っていて相互に通じないので共通語としてインドネシア語が公用語になっています。ファミリーネームひとつ取っても多様な文化の長い歴史が窺えます。

8.動詞の時制

英語の勉強では、go-went-goneとかeat-ate-eatenとか動詞の時制変化を苦労して暗記しました。インドネシア語では動詞の時制の変化がないので覚えるのは「動詞の原形」だけです。これは語学の勉強にはとても助かります。それでは時制の変化をどのようにして表現するのでしょうか? それは「副詞」や「時を表す名詞(昨日とか来月とか)」を使うことです。食べるeatと言う単語は、インドネシア語でmakanと言います。過去、現在、未来、いつでもmakanの原形で使います。時制の変化は次のように副詞や時を表す名詞をつけて表現します。

過去⇒Saya sudah makan.  私は既に食べた。(sudah=既に)

過去⇒Saya kemarin makan.  私は昨日食べた。(kemarin=昨日)

近過去⇒Saya baru makan.   私は食べたところ。(baru=new)

現在⇒Saya makan. 私は食べる。Saya tidak makan. (私は食べない。tidak=not)

現在進行形⇒Saya sedang makan. 私は食べている。(sedang=今~している)

未然⇒Saya belum makan.  私はまだ食べていない。(belum=まだ~していない)

未来⇒Saya akan makan.  私は食べるでしょう。(akan=will)

未来⇒Saya nanti makan.  私は後で食べます。(nanti=後で)

未来⇒Saya besok makan.  私は明日食べます。 (besok=明日)

このように動詞makanはいつも同じ形でsudah(既に)、sedang(今~している)、akan(will)、nanti(後で)、明日とか来週とか時間の名詞を追加することで時制を表現します。

インドネシア語の日常会話はとてもシンプルです。例えば。
Sudah makan?   もう食べた?
Sudah.          はい。 (食べました)
Belum.          まだです。
基本的に単語の変化がないので極論基礎単語を覚えて並べるだけでも会話ができるようになります。ただ、動詞には接頭辞や接尾辞をつけて微妙な意味の変化を表現することができますが、これは上級レベルになってから覚えれば良く、最初の段階では、動詞はいつも原形を使うことで会話が成立します。

9.名詞の複数形

英語の名詞の複数形は、名詞の原形にsをつけるのが基本です。インドネシア語では名詞の複数形は「単語を二回言えば、あるいは二回書けば」名詞の複数形になります。冗談のようですが、これがインドネシア語の正しい文法です。例を見てみましょう。

orang-orang 人々   pohon-pohon 木々  (実は日本語でも二回言っています。)

文章を書く時にも二回書いても良いですが「数学の二乗」と言う時に数字の2を右肩に小さく書く同じ方式が使えます。「pohon2 」と書いても正しい表記で「木の複数形」を表しています。しかし、2回言うことで複数形ではなく新しい意味を持つ単語もあります。

mata-mata スパイ (mataは、「目」)

jalan-jalan  散歩  (jalanは、名詞ではstreet(通り)、動詞ではwalk(歩く))

kupu-kupu  蝶々  (複数形ではなく単数の蝶々)

sama-sama  どういたしまして (samaは「同じ」sameの意味)

hati-hati   気をつけて (hatiは「心」heart)

10. 簡単な会話を覚えましょう。

Selamat pagi   おはよう

Selamat siang   こんにちは

Selamat sore    こんにちは(soreは夕方で4時~6時くらいの間に使います)

Selamat malam  こんばんは

Selamatの発音は、スラマッ(ト)です。eは「弱いウ」の音です。トは飲み込んで。

sore は「ソーレ」で最後のeははっきりした「エ」の音です。

Terima kasih   ありがとう terimaのeは「弱いウ」の音です。「トゥリマカシー」となり、テリマカシーとは言いません。(通じるけどダサいです。)

Kembali kasih あるいはSama-sama どういたしまして(クンバリカシー、サマ-サマ)

Selamat jalan さようなら(去って行くひとに向かって言います。)

Selamat tinggal さようなら(去る人から残る人に向かって言います。)

(「私達」同様に「さようなら」と言うシンプルな単語にも二種類あって使い分けます。)

 

インドネシア語は、欧米の言語に比較してもシンプルな言語ですが、「私達」や「さようなら」のように変なところに拘って使い分けをしなければならないところがあり面白いです。これも長い文化の歴史の結果から生まれた思考回路かも知れません。

冒頭の赤白は、インドネシアの国旗で「merah-putihメラープティ(赤白)」と言います。因みにモナコの国旗も赤白の二色で同じデザインです。シンガポールも赤白二色の国旗で同じデザインですが、左上の隅に三日月と五つの星のマークが入っています。一方、ポーランドの国旗は、白が上、赤が下の赤白二色の同じデザインです。

インドネシアと言えばバリ島やボロブドール遺跡、ジャワ更紗、ガムラン音楽や舞踊等観光地としても特有の自然や文化を楽しむことができます。インドネシアの自然や独特の文化を体感するために機会があればインドネシア観光にもお出かけください。