早稲田最新ニュース【東洋経済ONLINEから引用】

早稲田政経学部が数学必修化に踏み切る真意

数学だけではない入試改革の真の狙いとは?

劉 彦甫

2018/07/22 07:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早稲田大学政治経済学部の入試改革が教育業界に波紋を広げている。6月7日、現在の高校1年生が受ける2021年度一般入試から、受験者に数学を必ず課すと発表したのだ。

 現在同学部の一般入試では、外国語・国語の2科目と、世界史・日本史・数学の3科目から1科目を選択することを求めている。

 今回の入試改革では、現行の学部独自試験である3科目受験を廃止。一般入試受験者には「大学入学共通テスト」(大学入試センター試験に代わって始まる共通テスト)を課し、さらにTOEFLのような英語民間検定試験と、政治学や経済学に関する日英両言語の長文読解の記述式試験の受験が求められる。

 数学の必須化とは、大学入学共通テストの数学Ⅰ・Aを受験することが必要になることを指す。

数学必須化で受験者減少も

 これまで私立大学の文系学部のみを受験する学生たちは、「国語、英語、地歴公民(社会)の3科目のみを勉強して備える」(首都圏私立高校教諭)のが当たり前だった。早稲田の政経学部は、いわばその象徴といえる学部だった。

 駿台教育研究所進学情報事業部の石原賢一部長は、「私大文系だけを受ける層の選択肢から早稲田政経は外れるだろう」と、今後同学部の受験者が減少するとみる。そのうえで、石原氏は「国公立大学受験者にとって数学Ⅰ・Aは決して難しくない。早稲田政経は国公立大学志望者の併願先になっていくのではないか」と受験者層の変化を予測する。

こうした見方に対し、早稲田大学政治経済学術院長(政治経済学部長)の須賀晃一教授は「現行の一般入試でも選択科目である数学、日本史、世界史の選択者の割合はそれぞれ4割、3割、3割と、数学選択者が実は最も多い」と数学を必須化しても受験者数に大きな影響は出ないとみる。そして、須賀教授は「数学を多用する経済学はもちろん、政治学でも統計・数理分析など数学が求められている分野が増えており、数学的なロジックに慣れ親しみ続けてほしい」と数学必須化に込めた狙いを解説する。

 今回の入試改革にあたっては、学部内からも不満の声が出ていた。経済学では微分・積分が必須で、高校数学でいえば数学

Ⅱ・Bから数学Ⅲ・C以上のレベルが求められる。経済学科の複数の教授は「ミクロ経済学の必修講義では数学ができない人が多くて、約4割の学生が再履修することもある。やるなら数学Ⅱ・Bまでを必須化すべき」と話す。逆に、政治学科の一部の教員からは「数学を必須化することで絶対に早稲田の政経にいきたいという受験者がいなくなるのでは」と、伝統や独自色が薄まることを懸念する声もある。

 須賀教授は、そうした学内の批判があったことを認めたうえで、「これからの時代をグローバルリーダーとして生きていく若者たちに数学がいらないと断言できる人はいないだろうし、また数学の入門レベルのロジックを忘れないでほしいというメッセージとしては、数学Ⅰ・Aだけで十分だろう」と説明する。さらに「独自試験で政治や経済に関する日本語と英語の長文を読解してもらうことで、受験生の政経学部への適性は把握できる」と政経学部の独自色はむしろ強化されるとする。

「記述式長文読解」のハードル

 実は今回の入試改革の目玉は数学の必須化だけではない。受験生にとってもう1つ高いハードルになりそうなのは、日英両言語による読解問題だ。通信教育大手Z会グループの教室部門を統括するZ会エデュースの高畠尚弘社長は、「必須化される数学以上に難関になるのではないか」と指摘する。

 現時点で読解問題は「新書レベルの文章を読んでもらうことを想定している」(政経学部関係者)といい、文章の内容自体はそれほど難易度の高いものにはならないという。だが「今の高校生はちゃんと新書すら読めない」(大手学習塾講師)、「多くの高校生は記述解答が苦手で、記述となったとたんにあきらめて白紙解答する生徒もいる」(大手学習塾幹部)。教育現場や学習塾業界では、現状のままで新試験に対処するのは相当難しいという見方が大勢を占める。

 記述式の問題形式は「大学入学共通テスト」にも入る見込みで、入試改革の大きな流れの1つだ。今回の入試改革でも数学や読解問題を課すことによって、「論理的思考ができる学生が欲しいという早稲田政経からのメッセージを感じた」(Z会エデュースの高畠社長)。今回の動きは入試改革がいよいよ私大まで及び、「論理的思考」重視の流れを決定づけるものといっていい。

 こうした中で、学習塾業界の再編・淘汰が加速するという見方もある。「記述式問題に加え、英語民間試験で必要とされるスピーキング力(英会話力)への対応は、受験者だけでなく塾や予備校も対処が大変になる」(大手学習塾幹部)。7月18日には駿台予備校などを運営する駿河台学園とZ会が業務提携を発表したばかり。「Z会の強みである添削指導は記述式試験の対策指導に適している」(関係者)と言われており、両社の提携は「論理的思考」対策の一環といえそうだ。

10年以上前から始まった「学部改革の一環」

 早稲田の政経学部にとっても、今回の改革は単なる受験科目の変更だけを意味しない。10年以上前から始まった「学部改革の一環」(須賀氏)だ。

 政経学部は2004年にもともとあった政治学科と経済学科に加えて、国際政治経済学科という新学科を設置した。グローバルリーダーを養成するという政経学部の目標とともに、「政治学と経済学が車の両輪のようにつながっている『政治経済学』部を象徴する学科」(須賀教授)である。

 その両輪である政治学と経済学をつなぐ軸として、数学的方法論や公共哲学を国際政治経済学科のカリキュラムで必修化していった。今後、政経学部の全学科でも必修化が予定されている。入学後に学生がついていけなくなることを防ぐためにも、入試における数学の必須化が必要だった。

 今回の入試改革のキモは、単なる数学の必須化だけではない。政経学部を目指す学生、そしてそれをサポートする学校、学習塾は、しっかりとした準備が求められることになりそうだ。