早稲田サロン(2026.01.10)

2026年・丙午(ひのえうま)の年明け冒頭を飾る「1月早稲田サロン」は10日(土曜日)夕刻
より定例の居酒屋壱番館にて開催され、総勢11名の参加の下に2015(平成27)年10月に
小金井稲門会に入会された宮下伸司(みやした しんじ)さん(1987年法学部卒)を講師役
にお迎えし、「タイ国でのわたしの海外赴任経験から」の題目でお話いただきました。

52歳という現役ばりばりの年齢で10年前入会された宮下さんは勤務が優先される中で
稲門会のイベント関係には殆ど参加していませんでしたが、昨年8月末の暑気払いに
参加された機会に挨拶を交した際、年明け1月サロンの講師役お引き受けを当方から
打診させていただき、快諾のご返事を頂戴していたものです。

広島県三原市で生まれ高校生まで同地で育った宮下さんの自己紹介で始まった講演で
は御多分に漏れずカープとサンフレッチェの熱烈なファンであること、現役で臨んだ
関西圏の大学受験(法学部志望)の失敗で 一浪した後に早大法に合格したものの 授業を
さぼった見返りが就活での大苦戦のツケとなって サークルの先輩が勤める自動車装置
メーカーに最後は何とか採用されたとの苦労談が紹介されました。

途中 合併やら社名変更やらの変遷を経て同社で定年(60歳)まで勤め上げた宮下さんは、
再雇用となった初年に募集のあった早期退職者制度に応募して同社を退職します。そ
して今度も苦労の末 相模原に在る自動車部品メーカーに再就職し今日に至っています。

さて本題の「赴任先タイ国での体験談」に入ります。2018~2020年にタイの現地法人
に購買部門のGMとして赴任し2年間を日々身近に接して来たタイ人の国民性について
宮下さんは、 “大の親日派”であることと “極端な忖度文化(グレンチャイ)が根付いてい
る” 点を挙げています..この “グレンチャイ” とは、具体的には ①自己主張を慎む
②本音で意見を言わない  ③自分の意見を持たない  ④解っていないのに “解りました”
と言ってしまう  ⑤問題にかかわるのを避けようとする。  以上の特有な性癖を指すも
ので、業務面でも相手の本音が中々聴けないことから 管理職として接するに当たって
宮下さんは 周囲の部下20名程の人々と普段から意志疎通を極力図るよう心掛けていた
そうですが それでも十分ではなかったと云います..但し積極的に発言する傾向があ
る管理職層の人々(主に女性)とは、業務面でもよく意見交換はできていたそうです。

そうした中での意思疎通の手段は当然ながら英語を通じてとなる訳ですが、タイ人が
しゃべる英語は発音にタイ語独特の訛りがあったり重なった子音のあとのほうが発音
されなかったりと聴き取りづらく、現地と日本で☎会議をする時などに先方の通訳者
がタイ人の話す英語を理解できず 横に控える宮下さんが日本語に翻訳して伝えること
も少なくなかったそうで貴重な体験だったと宮下さんは当時を述懐します。

一方、生活面では日本人に良好な感情を持つ現地人が多くまた 居住地のバンコク市内
には日本人も多く住み和食レストランも日本語の通じる病院もあって 不安や不便を感
じることは全くなかったと云います。また年間を通して大気温度が摂氏20度を下回る
ことはなく 雨季と乾季に別れるという風土のタイでは ほぼ一年を通して半袖・短パン
で過ごせるそうです。そんな温厚風情のタイ人ですが ひとたび車やバイクのハンドル
を握ると人が変わったがごとく荒っぽい運転となるそうで(日本と同じ右ハンドルの左
側通行ですが)加えて交通ルールが ”常時左折可” のため青信号で渡っている処に赤信号
の車両が左折しながら平気で突っ込んで来ることもしばしばで 青信号で渡る歩行者は
(特に荒っぽい運転をするバイクは元より)、常に左折して来る車に注意していなければ
ならないそうです。

以上が講演の概要ですが、2年間という短い期間とはいえ 大変貴重な何事にも代え難い
経験をさせて貰えた当時の会社には感謝していると宮下さんは最後に話されました。

なお 当日の出席者の方々(11名)はつぎの通りです。【アイウエオ順】
 ( 講   師 )  宮下 伸司さん
 ( 聴講者 )  梅根 憲生さん  大賀 昭彦さん  金子 正和さん   坂井 研次郎さん
       永井 庸夫さん 西村 正臣さん    冨士森 みつさん    亘理 鐡哉さん
 (世話人)    岸川 公一     矢吹 淳

最後に宮下講師の近影写真を添付して報告といたします。

以上

   早稲田サロン世話人  岸川  公一  矢吹  淳