早稲田サロン(2026.04.11)

小金井稲門会の皆様
              2026年4月早稲田サロン活動報告

2026年4月早稲田サロンは去る11日夕刻,会員歴の古い國分ひろみさん(1969年文学部卒)を“萌え木H” にお迎えして “河東碧梧桐と私の縁”と題してお話いただきました。
従来の会場の “壱番館” が3月末を以て閉店となったため 4月以降は新たな会場を捜す必要が生じ今回そのしょっぱなとして“萌え木H” を会場に充てることとなった次第です。

当日は女性7名を含む 総勢16名が会場に参集, パワーポイントを用いての講演となりました。大学在学中 書道に関心を抱いた國分さんは卒業後28歳で静雅書道会(岡本雅堂 主宰)に入局し約5年間を機関紙編集に携わります。この時期に多くの書跡に触れる機会を得ますが 中でも今回の講演テーマである 河東碧梧桐の書の表現に出逢って衝撃を受けたと云います。

碧梧桐は洋画家の中村不折とともに “龍眠会” という書道研究会を立ち上げます。会の趣旨は 会報誌 “ 龍眠” の中で書の技術や筆法に関する話を不折が述べ 碧梧桐が書論や中国の旅で出逢った碑の話を述べるほか 言語学者による後漢時代の専門的な文字解説の話など掲載。

研究会では持ち寄った会員の作品を不折が評価しこのうち優秀作品1~2点が会報誌に掲載されたそうでどれもがなかなかに工夫の見られる面白いものでレベルが高かったとのこと。大正2(1913)年10月に発刊された“ 龍眠 ” はその後 8年間ほど刊行されていたと云います。不折が中国で蒐集し持ち帰った中国・六朝時代(後漢~)の書跡に接した碧梧桐の感激は甚だしく “六朝書と我輩” という講演の中で “この時ほど書に対する驚喜・歓喜と云った 何とも名状し難い感激を味わったことはない ” との趣旨を語っています。そしてこれら独特の文字を碧梧桐はそれ以来 個人的にも使うようになります。

同じ碧梧桐門下の流れを汲むご主人と出逢って結婚し出産育児に忙殺される日々だった國分さんは 還暦前年に4人目の末子が成人した機に書活動を四半世紀ぶりに再開して張大順先生に師事しそこで”甲骨文字” に触れます。その後 研鑽を重ね “國分絮虹(じょこう)” の書家名も得て67歳で記念すべき第一回個展 “文字の表情” をNY マンハッタンにおいて開催。以降毎年のように(コロナ期間中も含めて)全国各地で個展を開催,今日に至っています。
会長の発案もあって当日後半には出席者がそれぞれ自己紹介も行い 盛会のうちにお開きとなりました。
       早稲田サロン  世話人 岸川  公一  矢吹  淳