50年ぶり政経学部からの早稲田大学新総長 医学部創設を目指す「半端ない」構想とは

 

小林哲夫2018.6.30 07:00dot.

 

 

「実行可能性を見極めつつも、単科医科大学を吸収合併する戦略に絞って考えていく必要があります(「将来計画書」)

 

 

 早稲田大学第17代総長に政治経済学術院の田中愛治教授が選出された。6月28日、同大学では現総長の任期満了(2018年11月4日)に伴う総長選挙が行われ、新総長が決定した。政治経済学術院(政治経済学部)からの総長就任は、第9代(1968~1970年)の時子山常三郎総長以来で、50年ぶりとなる。

 

 新総長はすんなり決まったわけではない。

 

 6月14日、田中愛治、島田陽一(法学学術院)、藁谷友紀(教育・総合科学学術院)の3教授で選挙が行われた際、1位島田1435票、2位田中1161票 藁谷1037票だった。過半数に達しなかったため、上位2人による再投票が行われることになった。

 

 そして、28日の再投票で田中1899票、島田1692票という結果になり、新総長が決まった。藁谷票が田中教授に大きく流れた形だ。鎌田薫・現総長に続いて法学部出身者が総長になることに支持を得られなかったという見方もある。

 

 田中愛治教授は1951 年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。オハイオ州立大学大学院政治学研究科博士課程を修了し、Ph.D.(政治学)を取得した。東洋英和女学院大学助教授、青山学院大学教授などを経て、1998年から早稲田大学で教鞭をとっている。専門は政治学。計量政治学分野で政治過程論、投票行動論、選挙分析などを講じている。なお、田中教授は、戦前の日本共産党中央委員長で戦後は右翼のフィクサーといわれた田中清玄氏の次男として知られている。

 

 武蔵高校出身で、東京大学の五神真総長と同窓である。東京大、早稲田大のトップが武蔵から輩出したことになる(今年3月までの東京工業大学学長だった三島良直氏も武蔵OB)。

 

 田中教授は選挙期間中、ツイッターで盛んに「所信表明」を行ってきた。

 

「私が当選しましたら、新しい風を早稲田に吹かせて、『現場の』閉塞感を吹き飛ばしたいです。建学の精神を取り戻し、自由に意見が言える環境にしましょう! 私は皆さんと共に 『お互いの意見を尊重し、』自由闊達に『議論できる大学』を構築したいです」(6月26日)

 

早稲田に閉塞感を感じていたらしい。自由闊達ではなかったのか。

 

 さらに田中教授、調子に乗って、早稲田の悪しき慣習までバクロしてしまった。

 

「早稲田の総長選挙で、負けた方の候補者を支援した職員が左遷されたり、降格されることがあってはなりません! 私は勝って、この悪しき慣習を断ち切ります。総長として、公明正大な人事を行う新しい慣習を確立します!」(6月12日=現在は未掲載)

 

「もし当選したら、私が総長としてまずやるべき事は、総長選挙が終わればノーサイドという事を確認し、人事は適材適所でオールワセダの人材を活用する計画を、教職協働で立てることです」(6月25日)

 

 選挙戦終盤になって、田中教授は多数派工作に精を出した。

 

「潮目が変わった!この週末から今日(月曜)まで、数名の理工系・自然科学系のキーパーソンと協議しました。また、何人もの校友と電話で話し、数名のキーパーソンの分析をうかがいました。冷静に分析してみると、理工も学内も、校友の方たちも、流れは明らかにこちらに来ています。勝ちが見えてきた!」( 6月25日)

 

 これに「田中派」の学生が呼応した。教え子たちのツイッター「次期総長・田中愛治Supporters」がこう発信する。

 

「ラブ治半端ないって。あいつ半端ないってー。いきなりTwitter始めたかと思ったら、「#総長選挙 出ます」とか言い出すもん。しかも #みたらしスパークル とか、わけのわからんフレーズバズらせるし。今日は所キャンまで行くとか言ってるし。そんなん出来ひんやん普通!」(6月25日)

 

 田中教授の好物はみたらし団子。みたらしスパークルはここからきたらしい。ラブ治とは、もちろん、「愛治」に由来する。田中教授は満更でもなかった。気をよくしてこうリツイートした。

 

「あざーす!サッカー日本代表の『大迫、半端ないって!』にちなんだ、過分なお褒めの言葉、ありがとうございまーす!知力と体力はすごくあるので、頑張りまーす!」(6月26日)。

 

田中教授は自身の専門である投票行動、選挙分析を活用したといえるかもしれない。SNSを盛んに活用し、新しい風を吹かせて自由闊達な雰囲気をつくる、選挙が終われば「ノーサイド」で対立候補応援者を尊重し遺恨を残さない、「ラブ治半端ないって」というタイムリーなキャッチまで取り込んでしまう、など。なお、再投票の対立候補、島田教授はツイッターをしていなかった。

 

 総長が代わって早稲田は変わるだろうか。現在、鎌田薫総長は長期計画として「WASEDA VISION 150」を掲げている(大学創立150年を迎える2032年まで、学部学生を減らし大学院生を増やす。女子学生、外国人留学生を増やす。授業の半分は英語にするなど)。

 

 田中教授は総長選のさなか、「将来計画書」のなかで、「WASEDA VISION 150」を「今や数値が一人歩きをしています。目標の理由を明確にしたNext Stage へと進化させます」と記している。

 

 具体的にはこんな計画を立てている。

 

「早稲田の全学生が在学中に一度は海外に出て、外から日本を見る環境を整えます」「教員が研究に集中できるように、不必要な会議を減らして、研究時間を確保します」(「将来計画書」)

 

 さらに、田中教授は大胆な構想を抱いている。

 

「『世界で輝くWASEDA』を実現するためには、生命医科学の研究・教育を抜本的に拡充する必要があります。新たに医学部を本学が増設することは全国医学部長病院長会議の承認が必要なため、ほぼ不可能と言われています。したがって、実行可能性を見極めつつも、単科医科大学を吸収合併する戦略に絞って考えていく必要があります」(「将来計画書」)。

 

 医科大学を買収し、早稲田大学医学部をつくりたいのだ。

 

 田中教授には『2009年、なぜ政権交代だったのか』という共著書がある(勁草書房)。2018年、なぜ早稲田大学政権交代だったのか――。早稲田がドラスティックに変わるのであれば、日本の大学教育に一石も二石も投じることになる。

 

 田中愛治新総長には、日本の大学をおもしろくしてほしい。

 

(文・小林哲夫/教育ジャーナリスト)